窓をたたく雨粒の大きさに辟易とした息を吐きながら、小太郎は二杯目の紅茶を飲み干した。
銘柄など知らない。
思い出したようにテーブルの片隅に押し込まれた伝票に視線を落とせば、ブレンドと書いてある。珈琲のブレンドなら時折目にするが、この店は茶葉にこだわるような高級店だったかと考え、カップに添えられた安物のガムシロップと植物性ミルクに気付いて即座にその考えを否定する。
茶葉のブランドなど知ったことではないし、言われたところで味を理解できるわけでもない。
電車の発車時刻までの暇つぶしにと適当に選んで入った喫茶店だ。おそらく二度と利用することもない、一晩経てば店の場所さえ忘れてしまうだろう。
紅茶を二杯飲んだのは、ポットサービスという品書に貧乏人根性が刺激されたのと、入店早々に降り始めた雨のためだ。、駅よりそれほど離れていないとはいえ、徒歩では到着までに濡れ鼠になってしまう。初夏ならばいざ知らず、今の時期に雨に当たれば身体を冷やすことは間違いない。
ああ、面倒だ。
その言葉を呟かんという小さな意地が働いて、煮詰まって苦みとエグ味しか残っていないような二杯目の最期の一滴までもを飲み干した。粉みじんに砕けた茶葉が開ききって断末魔の絶叫すら溶かしこんだのではないかと言う苦味だ。
不味い。ああ不味い。
仕切りの植え込みを挟んで斜め向かいの席には、親子ほども年の離れた男女が、文字通りの男と女の会話を続けている。不倫なのか、単に年の差が開いただけの男女なのか。その詮索は無意味だと小太郎は悟り、静かに息を吐いた。
安っぽいスピーカーから有線放送の、これまた安っぽい流行歌が流れている。小太郎は初めて聞く曲だったが、スピーカーの向こう側にいる芸人と放送作家は、これが一番売れている曲だと断言している。根拠もないし、嘘だったとしても彼らが罰を受ける事はない。
偽ることのリスクがない立場の人間が発する言葉だから、安っぽい上に軽い。聞き流したとしても誰も罪悪感を覚えない。沈黙をもって肯定とみなす文化に育った国ならば、彼らは命尽きる時まで否定されることはないだろう。
カウンターの向こう側では店主と思しき初老の男が、薄っぺらい地方新聞を広げている。小太郎の他に客はいるのだが、彼らの動向に気を払う様子もない。ここはそういう店なのだろう。いらぬサービス精神を発揮して客に説法を始めるような珈琲狂いの店主も迷惑ではあるが、ここまで放置されるのもまた珍しい。傍らに置いたグラスの水が空になって久しく、店主も二度三度とこちらに視線を向けているが水差しを手に現れる気配はない。
雨はまだ降り続いている。
電車の時間までに止む気配はない。駅の改札口を出て徒歩1分で見つけた店だから、多少濡れても問題はないだろう。三か月ぶりの休日を誰かと過ごすわけでもなく、適当に選んだ電車に乗って、はじめて目にする名前の駅で降り立っただけだ。
この雨も、周りの客の痴情語りも、どうしようもないものなのだろう。人生そんなものだと力なく嗤い、会計を済ませると駅に戻った。構内の売店で買い求めた缶紅茶は温かく、こちらの方がはるかに美味いと小太郎は自嘲する。
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