Another Ending 予告編嘘八百集  平穏な日常の終焉はあっけなく訪れた。 「もう一度いうわ」  炎上するアパートの前で、大型拳銃を突きつけた女子高生が冷たく宣言した。 「佐伯えりか、いいえ安東えりかという少女は最初から存在しなかった」 「な、なにを馬鹿なことを……冗談だろ、委員長?」  女子高生、桐山沙穂は佐伯隆の言葉には答えず、拳銃の引き金を引く。  銃声。  弾丸は隆の背後、燃え崩れようとしているアパートの残骸より飛び出した人影に吸い込まれ。  ぎぃん! ぎぎぎぎぃん!  鈍い音を立て、それらは全て跳ね返された。 「あなたの義妹として部屋に潜り込んでいたのは、人間ですらない存在」 『アナタモ、オ兄チャンヲワタシカラ奪ウノネ!』  金属質の外骨格を有した女性型の人形が炎の中より飛び出して、えりかに似た合成音を発すると沙穂に襲い掛かる。  偽りの関係。 「どういう、ことなんだ」 「話すと長い」  面倒くさそうに呟く村上文彦。  通常ならば即死しているはずの負傷を受けた隆は、わずか半日で退院できるまでに回復していた。その異常さを理解していた隆は、両親や学校関係者に代わって身元を引き受けに来た文彦に、あからさまな不信感を抱いている。 「佐伯の御両親は、今のところは無事だ。問題がなければ、お前も両親と一緒に安全な場所にいてもらう……お前の親族関係者、交友関係にも同様の処置をしている」  安心させるために、文彦は最初にそれを口にした。 「えりかは!」 「忘れろ」即答する文彦「あれは、お前の妹じゃない」 「たとえ妹じゃなくても……僕は、あの子の兄なんだ。家族なんだ」 「バケモノでもか」  一呼吸分の間。 「ああ、その通りだ」 「次に会った時、あれはお前を殺すかもしれない。それでもか」 「僕以外の誰かが、あの子を守ってくれるのかい」 「いない」 「だったら」  力なく隆は微笑み、しかし揺るぎない決意を宿した目で文彦を睨んだ。 「僕が世界でただ一人、あの子の味方になる」  敵と味方。 「えりかさん。僕だ、隆おにいちゃんだよ」 『ウウウウ、オニイチャン……ダメダヨ、ニゲテ! ワタシガ、ワタシジャナクナッテイクノ……オネガイ、オニイチャン』 「いいや僕はここにいる。えりかさんが皆に殺されるのなら、僕は君と一緒に死んでやる」 「あなたを死なせるわけにはいきません」  凍てつく風とともに現れる少女。  それは隆にとって、義妹と同じくらい大切な女性だった。 「夏木、さん」 『グウウウウウ、アンタモタダノニンゲンジャナイ! アノオトコトオナジチカラヲカンジル!』 「……国連平和維持軍特務第三課所属、夏木紅葉伍長。これより障害を排除し目標の保護を試みます」 「やめてくれ夏木さん! 僕達を、彼女をそっとしてやってくれ!」 「えりかさんの存在は、この世界にとって危険すぎるのです。村上くんを実力で退けられる存在は、この世界でも数えるほどしかいない。それだけの力を有したものが、人としての理性を崩壊させた上で暴れているのなら、力が弱まっている内に破壊するしかないの」 『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ』 「えりかさんはモノじゃない、僕の家族なんだ」 「それが返答ですか」  紅葉の言葉とともに、隆たちが隠れていた廃屋が氷に包まれ始める。 「ご家族には三課より詳細な説明が行きます。私も、あなた達の後を追います……隆君、えりかさん。私と一緒に死んでください!」  限りなくゼロに近い可能性。 「それでも、手段はある」  文彦の言葉に、隆は顔を上げる。 「えりかさんを救い出すのは不可能だって、いま断言したじゃないか」 「そうだ。広く薄暗い森の中から、たった一枚の木の葉を見つけ出すよりも困難なことだ。時間をかければ成功率が上がるが、一刻を要する事態に悠長な真似はできねえ。準備期間もないし、補佐する道具もない。  それだけじゃねえ、失敗すれば被験者は間違いなく精神を飲み込まれる。肉体だけは生きても、佐伯隆という個性を作っていた魂や精神が完全に崩壊する……肉の人形になっちまうんだ。それでも構わないのなら、俺は一度だけチャンスを作ることができる」  文彦は真剣だった。  外見こそ元通りになったものの、制御不能の力を内側に封じ込められ、えりかはただの物体になろうとしていた。人が人であるための要素が、混沌にも似た魔力の渦に飲み込まれ、消滅しようとしているのだ。 「己を大事にしろ、佐伯。ここで逃げても誰もお前を責めたりはしない」 「僕の母さんは、僕を産まなければ長生きできたそうだよ」 「……」 「それでも母さんは僕を産み育ててくれた。僕という命を慈しんでくれた。それを知った時、僕は母さんの命を奪ってまで生きていく価値のある人間なのか随分悩んだ……でも、今こうしてえりかさんに出会って、なんとなく分かった」  えりかの頬に手を添え、隆は苦痛に顔を歪めながらも笑顔を見せようとした。全身を駆け巡った衝撃波が内面から肉体をぼろぼろにしている、下手に動けば幾つかの臓器が破裂するのが理解できる。指一本動かすことさえ、今の隆には致命的だった。 「理屈じゃないんだね、命って。僕は、えりかさんを守りたい」  偽りの命を超越した少女えりか。  運命に抗うことを決めた隆。  自身の使命に殉じようとする紅葉。  奔走する沙穂。  全てを知り、その上で友を守るべく動く文彦。  そして。 「こんなもののために、こんなもののために! おまえのちっぽけな自己満足のために、どれだけの人が苦しみ悲しんだと思っているっ!」 『無粋な』  闇の中で、それは歪んだ笑みを浮かべた。 『いかなる存在も他の犠牲なしに生きることはできん。ならば聖者面して偽善を口にするよりも、他の全てを糧にして有意義なる生の高みを目指すのが生命の役目ではないかね?』 「……許さない、僕は貴様を決して許さない!」  義妹最終章 ジュリエットは二度死ぬ ―Juliet died twice―     ※上記の文章は偽の予告編です。最終話と並行してアイディアを思いついたものの、あまりにもアレな内容のため即座に没にしたものを再利用してみました。