第四話 きみがため  家族というのは気遣ったとしても、遠慮するようなものではない。  本音をぶつけ合うのなら、喧嘩をすることもある。上っ面だけで仲良くするくらいなら、多少の衝突は早めに済ませた方がいい。  たとえば日常の些細な誤解。  趣味の相違。  えりかの両親は、そういう意味でも駄目だった。紅茶の銘柄、焼肉屋で選ぶ肉の種類から焼き加減、ラーメンの味、トイレットペーパーの種類でさえ二人の意見は食い違ったほどだ。記憶に残っているだけでもこうなのだから、彼女の知らない場所ではもっと多かったのかもしれない。  二人は、妥協しようとしなかった。それではいけない。無論譲れない一線はあるだろうが、それを互いに知るためには遠慮ばかりしてはいけないのだ。 「……」  えりかはちゃぶ台の前に座り、笑顔を浮かべていた。  ただし、その額には青筋が浮かんでいる。 「……」  ちゃぶ台の上に置かれた数冊の本をばしばしと叩くえりか。  それは世間一般でいうエッチな本だった。  無論えりかの所有物ではない。彼女の義兄にあたる隆の部屋を念入りに掃除した時に、本棚の裏側に隠されていたそれらの書籍を「偶然」発見したに過ぎない。あくまでも偶然である。  元レースクイーンのヌードグラビア。  女教師特集と銘打たれた冊子。  十八禁と黄色いマークがついたそれらの雑誌は、普段えりかが立ち寄る大型書店では見かけないものだ。えりかも一応は健康な女子だから、そういうものへの興味も少しばかりはある。少しばかりではあるが、中身を確かめるほどではない。 「ふう」  えりかは溜息をついた。義兄にもそういう部分があるのだという、ごく当たり前の事実の再認識は大きな意味を持つ。男の性的な衝動を無闇に否定するほど彼女は潔癖症ではないし、隆に対して過度の期待を寄せているわけでもない。  男というのは、少なくとも女と同じくらい、いやらしいのだ。  同級生がそんなことを口にしていたのを思い出す。そして視線をちゃぶ台の上のエッチな本に落とせば、隆がえりかに対して遠慮していたり無理していたのではないかという気持ちにもなる。  が、納得できないものがあった。  発見したエッチな本は、年上女性を扱ったものばかりだ。しかも例外なく胸が大きく、グラマラスである。 「……」  ふにふにと、己の胸があるべき部位をさすりながら唸るえりか。手を上下させても、その動きを妨げるべき膨らみは無いに等しい。生命機能を考える上で乳房の大きさなど何の意味も無いと、己に言い聞かせる。  まあ、いい。  義兄をとっちめねばならない。  玄関のドアが開く音を聞きながら、えりかはひどく残酷な笑みを浮かべるのだった。