第二話 たらちねの  佐伯隆の部屋には小さな写真が飾ってある。  撮って二十年近く経過したそれは往時の色彩を失いつつあるが、そこに映る人物の造作を崩すことはない。映っているのは在りし日の、隆の母だ。  当時の流行なのか、ワンレングスに整えた長い髪に体型をくっきりと出すスーツ。今の感覚からすれば別段驚くほどのものではないが、当時の風俗を考えれば驚きを禁じえないスカートの丈の短さ。そこから惜しげもなく伸びる生脚は、劇画的表現を借りれば「むちむち」という擬音が背後に飛び交いそうである。  手には、安っぽい羽扇子。気持ちが昂ぶっているのかピースサインまでしている。 「……」  その写真を前に、えりかは固まっていた。なんともコメントに窮する渋い顔で、痛むのか頭を抱えている。彼女の視線の先、写真の片隅には当時のものらしき金色マーカーによる当人のメッセージも書き込まれていた。 「イエーイだから、遺影?」 「母さんの遺言らしくてね」  えりかに負けないくらい沈痛な面持ちで隆が台所から顔を出す。 「自分が輝いていた頃の写真を飾ってくれって」 「ばいんばいんだよね」  これでもかと言わんばかりに強調された遺影の胸元を指差して、えりか。 「父さんは、あの胸にやられたらしい」 「おにいちゃんは?」  間が空く。  えりかは隆の返答を待ち、隆は隆で答えに窮して沈黙する。どういう回答をすれば無難にやり過ごせるのかを考え、たっぷり十秒ほどの時間をかけて結論を出した。 「自分の母親だもの、嫌いなわけないだろ?」  可能な限り爽やかな笑顔を繕う隆。  が。 「ええーっ!」  予想外に驚き過剰に反応するえりか。ふらふらとたちあがり、芝居がかった仕草で後ずさる。 「そ、そんな……」  顔は青ざめ、声も震えている。さすがにやりすぎだと隆は声をかけようとするが、それより早くえりかは叫んでいた。 「そんな、おにいちゃんが実の母親相手に欲情する人だったなんてっ……胸は小さいけどお尻には自信があって、将来有望な血のつながっていない義理の妹と一つ屋根の下で暮らしているのにっ! 義妹の下着姿とかじゃなくて、母親のボディコン姿の写真を夜のオカズとして愛用していただなんて不潔っ、不潔よ! インポテンツやバイセクシャルより始末の悪い、死体性愛者でエディプスコンプレックスだったなんてーっ!」 「……」  もはや言葉をかける気力さえなく、隆は義妹を垂直落下式ブレーンバスターで沈黙させた。