硬式飛行船からは驚くほどの砲がせり出して、陸船に狙いをつけている。大槍を構えた機甲兵二名は放たれた矢のごとく駆け出して、展開した飛行船より飛び出し迎撃してきた兵士達と交戦する。飛行船の船員は多くが軽装であり機甲兵とは切り結ぶまもなく武器ごと断ち切られ貫かれることがほとんどだが、鋳物人形と大差ない重厚な鎧を身につけた数名の槍兵が現れるや前進が止まる。機動性を更に犠牲にして装甲と出力に重点を置いた量産式の機甲兵のようだが、着用する人間の体躯に差があった。  大人と子供。  そうとしか思えないほどの体格差である。陸船より飛び出した機甲兵が特別小柄という訳ではない。飛行船より現れた重機甲兵が人の規格を越えている、それだけの話だ。同じ機甲兵でもこれだけの差があればまともに戦うことなどできない、それを持ち堪えているのは、陸船の機甲兵が体格差の不利を引っくり返せるほどの技量に長けているからに他ならない。とはいえ、戦線はそこで膠着状態に陥り、陸船が撤退に要する機を失いつつあるのは間違いないことだった。  V 石兵     奴隷商人の陸船後部が、蜂顎のように展開する。  けばけばしい看板や装飾布で隠されてはいるが、鋼鉄を編みこむようにして張り出した衝角は対艦以上の目標を想定したつくりである。いかなる方向にも進み得る陸船ゆえに装備されている船尾衝角が三方向に展開し、荒野の固められた土を崩すように石の巨人が降りる。  そう。  石兵と奴隷商の女が呼んだものは、あまりにも大きすぎた。掌に人を乗せられるほどの巨人である。特殊な加工を施した白色のそれは機甲兵と同じ仕組みで伸縮し、ひたすら硬質の灰色石の鎧を着込んでいる。たとえ大規模の陸船とはいえ搭載するような代物ではない。機甲兵でさえ過剰防衛気味なのに、攻城戦の切り札でありアポロジアにおける巨大兵器の一つとして周辺国に恐れられているのが、石兵をはじめとする巨人兵器なのだ。どのように手を回そうとも、一介の商人が入手できるものではない。それが一機、展開した陸船後部より現れた。 「艦は全速後退! 石兵は飛行船を牽制せよ!」  奴隷商が叫ぶ。いいや、奴隷商がそんな指示を出すはずが無い。  彼女自身もまた陸船の甲板に戻り指示を飛ばす。鎧牛が動いて陸船を牽引しようとするが、地面に縫い付けられた飛行船からの拘束索は鋼を編みこんだものであり、それが幾条も食い込んでいるため、いかに鎧牛の力が強くとも陸船は飛行船から解放されることはない。  甲板では部下の一人が彼女を待っており、鉄を打ちつけた木製の盾と片刃の曲刀を託す。 「マチウス隊長、あれは我が国の私掠船ではないのですか」 「……掲げるべき聖国の紋章が削り落とされいる」  奴隷商の女、マチウスは唇を噛み、己の不運さを嘆いた。三日前に新鋭の硬式飛行船数隻が連合王国に反旗を翻したとの報を受けており、飛行船の類には注意していたつもりではあった。旧式の商船に偽装してはいるが彼女の陸船は、下手な軍船にも負けぬ装備と機動性を誇る。それでも鋭角に降下して拘束索を撃ち込まれてしまえば、いかに彼女の陸船といえど逃げることは難しい。 「機甲兵を下げて拘束索を外させろ、わたしが飛ぶ」  いうやマチウスは盾を宙に放り、取っ手部分に己の爪先を引っ掛けて陸船を飛び出す。陸船の飛行素材と同じ木材を仕込んだそれは彼女の体重を乗せてなお空を滑るものであり、そしてマチウスの背にわずかに白い霞が生じるや、彼女は風より速く荒野を飛んでいた。その行き先は飛行船ではなく、そこから飛び出した幾人かの船員、見た目には海賊となんら変わりのない荒くれどもが襲い掛かろうとしている騎竜ベリアルと少女だった。  機甲兵同士が膠着状態にあるのなら、人を数多く出している向こうの方が有利である。陸船は撤退を最優先に動いており、その指示を出したマチウスが少女を救うべく飛び出したのを見て副官は驚いて声を上げた。 「隊長!?」 「あれは、エーテルの巫女だ」  ベリアルの背に乗る少女を一瞥し、苦々しくマチウスは呟いた。  情報は正しかったのだ。  そして襲撃者達の目的も、大体は掴んだ。    石兵が動く。  機動性と一点集中の破壊で巨獣を撃退するのが機甲兵なら、石兵は文字通り力任せで全てを圧倒する。人間が築いた石垣も石兵の拳や足の前では意味を持たず、小型であれば亜竜さえ仕留めてしまうのが石兵である。  ずむ。  足踏めば、鋼を編みこんだ拘束索がひしゃげつつ切断される。飛行船からは反動の少ない弓が雨のように降り注ぐが、硬質の石材は鉄の矢を全く寄せ付けない。索が千切れたことで自由になった陸船は鎧牛の牽引で勢いをつけて後退し、石兵は自らの仲間である機甲兵の援護をすべく前に進む。  石兵は大きい。しかし敵対する機甲兵もまた尋常な大きさではない。それは、石兵を相手にまだ『大人と子供』という表現が使えるほどに巨大だった。だとすれば石兵は機甲兵に比べれば明らかに鈍重であり、それはこの大柄な機甲兵が平均的なそれに比べれば反応が鈍かろうと速度で上回れることを意味していた。  ずむ。  似たようで根本的に異なる音が響く。  敵機甲兵の振り回す巨大な鎚が、石兵の胴を強打したのだ。装甲自体はこの衝撃に耐えはした、が、中身はそうでもないようだった。石兵は機甲兵と似通った思想の下に生み出された兵器ではあるが、その装着ないし操縦形態で決定的な違いが存在する。  機甲兵は鎧の延長であり、  石兵は戦車の延長である。  鎧牛や騎馬という動力が別個に存在し、乗り手はそれに正確な命令を下して動きを再現する。その方法は様々あるが、機甲兵のように直接動きを伝達する方式は石兵には採用されていない。椅子と鞍を組み合わせたものが石兵の胴に存在し、それに乗り込んで動かすのだ。  だから石兵は、弓矢には強い。しかし、内部の空洞に直接衝撃を与えれば、たとえ装甲を打ち破れずとも操り手を行動不能に陥らせることは可能なのだ。そして敵機甲兵は、まさに教科書的な方法でマチウスの部下が載る石兵を無力化させることに成功した。