『ふたな』  あるところに仲の良い羊飼いの兄妹が家族と共に暮らしていた。  兄をニコラス、  妹をサージェリカといった。  兄は妹をかわいがり、妹は兄を溺愛していた。  兄と妹の間に血縁はなく、いや、簡単に言えば貰われ子である兄だから、血のつながりなんぞ存在しない。  血縁どころか種族の壁があるにもかかわらず分け隔てなく育ててくれた家族を好ましく思っていたが、やっぱり自分は普通の人間ですからとニコラスは一日でも早く独り立ちしたいと願っていた。  一方で人類の規格どころか竜族としても規格外の性能を主に破壊活動に発揮している妹の方は、生まれたときからこいつはわたしのものだ年増になんぞ渡してなるものかと思いつつ、近所の女どもに睨みをきかせ、時たま兄に言い寄ってくる命知らずどもを撃退した。 「あのね、サージェリカ」  自分で髪を洗えない妹のために一緒の風呂に入りながら、兄ニコラスは毎度毎度同じことを口にする。 「父さんと母さんと義姉さんは別として、普通の人はね。岩が沸騰してしまうようなプラズマの息を吹きつけられたら、生きていられないんだからね」  いくらズボンをずり下げられたからって、近所のガキ大将にそんなことしちゃ駄目だよ。  かわいそうにあの子、手下っぽい子供たちの前で男の尊厳みせてやるーって意気込んでたのに。  村では珍しい香料入り石鹸で妹の髪をわしゃわしゃと洗いながら、兄は諭すように言った。あの後に兄は近所の家を一軒一軒まわって頭を下げ、今こうして妹の髪を洗いつつ説教している。 「聞いてる?」  七歳下の妹が珍しくも静かにしているので、兄はそれで満足した。  妹はというと、家族なんだからと無防備きわまりない兄の下腹部より少しばかりしたの部位に視線が釘付けとなり、 『ひぁああああっ、ひぁああああああっ』  と言葉にならない悲鳴というかそれに近しいものを上げていた。 「……サージェリカ?」 『に、ににににこらすっ』 「はい」 『これ、さーじぇについてないです!』  これ。  と、泡だらけの髪を振り回し、きらきら輝く目で兄の股間を指差す妹。 『ほしいですっ』 「あげません」 『ほしいです、ほしいですっ』 「これは兄のだし、それからたぶん予約済みっぽいのであげません」 『よのなかには、おすそわけということばがあるときいたですっ。にこらすはあたらしいのかって、さーじぇはおさがりもらうですっ』 「売ってません」  己の腰に布を巻きつけつつ桶の温水を妹の頭にかけて石鹸を洗い落とす兄。妹は慌てて目を閉じるが、まぶたに焼きつくのは兄だけが持つ不可思議なもの。  妹の自分にはついていない、兄だけのもの。 『じゃあ、いまもらうです』  夕御飯でおかずをひとつ多めにもらう感覚で妹は無邪気に手を伸ばし、べしっとその手を叩く半ば本気の兄。 「あげません」 『だいじょうぶ、またはえるです』 「生えませんっ」  数日後。 『はえたですー、にこらすとおそろいですー』 「う、うわあああああああっ。お、お母さんっ! 父さんっ!? サージェリカの股間に見慣れすぎたものが! 珍しい宝がっ!?」  人離れした父母の尽力で妹を元に戻せたものの、なんとなく色々なものを失ったという錯覚に陥った兄だったという。めでたし、めでたし。