『道草』  あるときの話である。  街道を北に向かっていたニコラスは、道端の草原に座り休んでいる男に出会った。四十を過ぎたその男はぼろ服を着ており、よほど腹を空かせていたのかニコラスを見ると右手を差し出した。 「旦那、なにか恵んでください」  男はこの二日ばかり何も口にしていないのだという。ニコラスはしばし考え、男の横に腰を下ろした。ニコラスは無造作に草原に手を突っ込み、男の眼前で野草の葉を一枚摘んで口にする。甘酸っぱい芳香が漂えば男は咽を鳴らし、同じように草原に手を突っ込みそれと思しき野草の葉を口にする。 「     うまい」  感嘆の声を上げる男の横で、ニコラスは別の草に手を伸ばした。やや太い茎を引き抜いて、少々固い皮を剥げば瑞々しい寒天質の果肉があらわとなり、それを齧れば濃厚な蜜の香がする。それを見た男は慌てて似た茎を探し、もどかしい手つきで皮を剥いで一気に頬張る。蜂蜜にも似た濃厚な甘さに癖はなく、しかしその味覚に男は頬を緩める。  男とニコラスはそうやって野草を満腹になるまで摘み、しばらくの時間を過ごした。  やがて日が傾きかけた頃、男はこう言った。 「旦那は何のために旅をしているので?」 「たぶん造物主の尻拭い」 「は?」 「いや、こっちの話です」  目を丸くする男に、ニコラスは苦笑する。話はそこまでといわんばかりにニコラスは立ち上がり、土埃を手で払う。傍らに置いていた黒と白の石剣を腰帯に差すと、草原より葉をもう一枚引き抜いた。 「道草の味を識らねば民草の心、その奥底までは掴めないでしょう」  男は息を呑み、ニコラスは手の中にある葉をゆっくりと揉み潰す。すると葉より白煙が生じてニコラスの身体を包み、彼はそのまま姿を消してしまった。  程なくして。  草むらをかき分けて数名の騎士が現れた。偽装を施し気付かれぬよう隠れていたはずの彼らは全身からおびただしい量の汗を噴き出し、その顔は憔悴しきっていた。それでも彼らは男の傍らへと駆け寄り、ぼろ服を豪奢な礼服に着替えさせる。髪を整え香油を含んだ布で顔を拭けば、顔に威厳が顕れる。  男は、なぜ騎士たちが憔悴しているのか知らなかった。あるいは知りようもない出来事が彼らを襲ったのかもしれない。なにしろ相手はニコラス・ハワドなのだから、人智の及ばぬ事が起こったとしても不思議ではないのだ。 「……道草の味も知らぬ者が王とは」  確かに片腹痛い話だ。  男は自嘲気味に呟き、街道の向こうより来る馬車を見る。碧国を束ねる王は溜息を吐き、道端に生える草を引き抜いて齧った。 「話には聞いていたが」  叔母上の思い人は一筋縄ではいかないようですなあ。  とほほ、と呟く王だった。