おさななじみ2  久山が警察からの通報を受けたのは、金曜の夜だった。  顧問をしていたバドミントン部の指導は、国体選手だった女性コーチに委ねているので久山は施設施錠と対外交渉が主な仕事である。だからこそ久山は部の指導をコーチに頼み、指定された署に足を運ぶことにした。 「大変ですね、ピザ山先生」 「久山です」 「……失言でした」  こいつは迂闊と頭を下げる女性コーチに、肥満体の久山はぷるるんと腹を揺らして肩をすくめて見せた。  様子を覗いていた部員達が、どっと笑う。練習後の整理運動を念入りにやっている最中なので、試合時のような緊張感はない。典型的なメタボリック症候群である久山をピザ山と呼ぶのは主に生徒達で、普段のコーチはそんな生徒たちを叱る側だったのだが。 「大根が」 「大根?」 「大根が白いからといって怒る人はいないでしょう?」  それは果たして冗談だったのか。肯いても否定しても失礼なような気がして、コーチは曖昧に応じるしかなかった。無論、そうやって困らせるのが久山の狙いだったという可能性もある。 「はあ」 「それじゃ、よろしくお願いします」」  飄々と、つかみ所のない動きで久山は消えた。影の薄い男ではあるが、真夏の夜に溶けるように姿を消すのはちょっとしたホラーだわとコーチは言葉を出さずに身震いした。  見事な後ろ廻し蹴りでした。  開口一番、少年課の担当だという警官が感心したように言った。似たような年頃だと気付いたのだろう、楽にしてくださいと椅子を勧めつつ事情の説明をする。 「子連れの妊婦を狙った、スクーターによる引ったくりでした。身重の母親と、3歳になる娘さん。スクーターに引っ掛けられて母親は転倒」 「……」 「カウンターを当てるように、あの子の蹴りがスクーターの二人組のヘルメットを直撃しましてね。勢いづいていたスクーターは制御を失って電柱に直撃、二人組は三回転して顔面から落ちました」 「妊婦さんは無事ですか」  問うべきはそこだよなあという顔の久山に、警官も頷く。 「あの子が救急車を呼んでくれましてね。犯人の分も必要になったので都合三台ですが――母子共に無事のようです」 「後は、その」  少しばかり申し訳なさそうな口調で、警官は書類を示した。 「さすがに、女の子がスクーターに飛び蹴りかますのは危険です。先生からも厳しく言ってください」 「努力します」  言っても無駄なんですけどね。  そうですね無駄でしょうね。  おそらく警官たちも、女の子なんだから危険な真似はやめなさいとか繰り返し説教したに違いない。心なしか他よりも疲労している目の前の警官に申し訳ないと思いつつ、久山は身元引受人の署名を記そうとして、既に空欄がひとつ埋まっていることに気付いた。 「佃島俊明?」 「あの子が指名した保護者です、近所に住む昔馴染みのようですが」  血縁でもないので保護者扱いできませんでしたと視線を動かすと、奥の長椅子に腰掛けていた二十代の若者が起立して頭を下げる。 「大江州高校、ブラスバンド部の佃島君ですか?」 「……ピザ山くんか?」  高校時代から変わらぬ体型でよかったと思いつつ、久山は「本名覚えてろよ」と項垂れた。 「個人的には詮索したくはないのですが、担任として訊きます」  最寄のファミリーレストラン、深夜営業しているという理由で選んだそこは部活帰りの大学生やフリーターなどで賑わっていた。少しばかりの場違いさを感じつつも久山は言葉を慎重に選ぼうとして、単刀直入に聞いた。 「二人はどのような関係で」  最初に答えたのは俊明だった。 「この子の両親が用事で家を空けているので保護者代理」  俊明の隣に座り腕に抱きつく双葉はこう言った。 「という建前で新婚生活のシミュレーションやってます」  気まずい沈黙が訪れる。ドリンクバーの烏龍茶を飲み干し、努めて平静に 「御婚約でしたか」  と言えば、 「はい」「違う」  と即座に異なる解が返される。 「虹浦くんは、やりすぎの所はありますがボランティア活動などにも参加されるし、クラスの盛り上げ役も買って出る利発的な生徒さんです」 「お隣さんの俺から見てもピザ山くんが双葉に下した評価は少しばかり持ち上げすぎのような気が市内でもないが、そこそこ悪くない気分だ」 「久山です」 「クラスの皆もピザ山って言ってるよ」  俊明、無言で双葉の頭を叩く。涙目で恨めしげに俊明を睨むものの、双葉は俊明の腕を放そうとはしない。 「ですが、ねえ」 「?」 「愛し合う二人を前に言うのは野暮ですが、歳の差が」 「愛し合ってねえよ!」 「そだよ、ピザ山。まだおっぱい揉ませてキスねだってるところだよ」  それは双葉なりのフォローだったのかもしれない。が、久山はふうとため息一つついて携帯を開いた。 「すいません警察ですか。未成年の少女に猥褻行為をしようとした男がここに」  その発言がどこまで本気だったのか。  必死になって弁解する俊明にそこまでの観察力は残っていなかったという、