『あるむらびとの愛』  羊飼いの子ニコラスの育った村は雷王と呼ばれる巨竜の縄張りにある。  竜は人が住まうことを黙認したが、そこに人の法を過度に持ち込むことを好まなかった。そういう土地だからなのか、穏やかに過ごす村人たちにもそれなりの波乱万丈な人生を送っている。  たとえばニコラスより二つ年上の少年フレッドは、見合いの夜に実の弟と駆け落ちした。道ならぬ愛を選んだ幼馴染たちを救うためニコラスは魔女の秘薬を探し出し、フレッドはフレデリカとなって子を設け弟との仲を認めさせた。  たとえば老トマスの四度目の結婚相手は、最初の妻との間に生まれた二番目の娘である。二人は夫婦として村に移り住んでから十余年の間、それを隠し続けた。事情を知ったニコラスは死神をしばき倒して取り上げた台帳を調べ、そもそも老トマスの精が子を設けることができないのだと証明した。つまり娘は不義の子ではあったが、これにより彼女は晴れて老トマスの妻となった。  たとえばマリエラ夫人の現在の亭主は、彼女の兄を模した人形が命を得たものである。彼女は命を得た人形に実兄の名を与え、精を与え続け、遂にはその子供を身ごもるに至った。 『……どうして』  様々な障害を乗り越え幸せを掴んだ恋人たちが、村には多い。 『どうして!』  半人半竜の娘サージェリカが丘の上で吼える。 『どうして血のつながらない義理の妹では駄目だったですかあああああっ!』  乙女の絶叫が十里四方に響き渡る。 『姉さん、また叫んでる』 『病気みたいなものよ』  簡潔極まりない母親の説明に弟は納得し、姉が放棄した家事手伝いを再開した。