『だいかいじゅう』  あるときの話である。  碧国王の叔母にあたる耳なが王女は、年下の恋人を追いかけるように紅国の都に移り住み、立派な屋敷を構えていた。  不老の半妖である彼女は衣装さえ間違えなければ年頃の娘と変わりなく、年下の恋人と行動を共にするようになって近頃言動が若々しくなったとの評判だった。もちろん碧国にとっては王権を象徴すべき一人であり、そんな耳なが王女がふりふりのひらひらを着用してスカートたけの短い小娘たちに負けまいと必死になる話は、母国に伝わり微妙な年頃の女性を勇気付けた。  そんなある日のことである。  耳なが王女の屋敷に、ひとりの客がやってきた。 『……お客様、ですが』  家事の一切を任されている自動人形のメイドは、無機質な表情のまま来客を見た。  例えるなら、人間サイズの野ねずみか。絶えず食べ続けなければ死んでしまうような、そういう生き物だ。胃袋に手足がついたような生き物とて、ここまでのものではない。  嘆くより驚き、侮蔑するより感心する。  ただ椅子に座るだけならば、品の良い小娘である。南方の牧羊民が好んで着る麻織の服に袖を通し、それでいて田舎の野暮ったさなど微塵も感じさせず高貴な雰囲気さえ漂わせている。  そんな少女が、テーブルの上に並べた料理を次々と平らげつつ口をもがもが動かしている。 『ほほはほほうふへへうへはんへはへふほほへへはっ!』 『【こんな料理で餌付けなんてされるものですか】だそうです』  テーブルをはさんで少女と向かい合っている耳なが王女のため、メイドは通訳を試みた。 『はへほほへわはひほはひふふひほふほは、はふほほ』 『【食べ物で私を買収しようとは、随分と安く見られたものだ。なるほど仔牛を香草と共に焼き上げた一皿には感心したけど、そんなものには騙されない】と』  その客と王女がどのような関係なのかメイドは知らなかったので、ブレイを承知でメイドは王女に尋ねた。少女の見事な食いっぷりに感心していた耳なが王女は、しばしの後にこう答えた。 「近い将来、私の義妹になる予定の子よ」 『ふふはひほほほへひはむはひは!』 「この子いまなんて言ったの?」 『渋いお茶が欲しいそうです』  しれっとした顔でメイドは返し、空となっていた茶器に濃い目の茶を注いだ。少女は胡乱な視線をメイドに向けたが、メイドは機械人形の正確さで己の作業に専念したという。