『すばらしきつるぎ』  あるところに聖霊の宿る見事な剣があった。  世界を救うべく鍛えられたそれは星をも砕く力を秘め、それゆえに所有者を選んだ。  邪悪な意思の手に渡れば世界は滅び、力なき者が手にしても悲劇を招く。かといって迷宮の奥深くにて主を待ち続けるのは効率が悪い。  剣は考え、都に近い街外れの大岩に自らを突き立てた。 【この剣を抜きし者、すなわち星を統べるものなり】  わかりやすい言葉を刻んだ金鉄のプレートを大岩に打ち込んで、剣は自身にふさわしい主を求めた。  果たして聖霊の期待通り、突き立てた翌日には旅人や腕に覚えのある武芸者たちが剣を引き抜こうと集まりだした。  これは、と思う剣士もそれなりにいた。  聖霊にとって人材の充実は歓迎すべき事態であり、主の候補を次々と見定めては身を引き締めた。元より岩に突き立てた剣は容易に抜くことはできず、しかし力任せに引き抜くこともできない。  これほど人材が揃っているのであればと。  聖霊にも欲が出る。世界を救うという崇高な目的があったはずだが俗な感情が宿り始め、時折光ったり聖霊の御姿を宙に示すことで、試練に挑む者を増やしていく。  そうしてしばらく経った頃、剣の前に一人の若者が現れた。  見目麗しく高貴なたたずまいの若者は、その日の挑戦者が一通り諦めるのを待ってから群集をかき分け。  手にした小ぶりの金槌で剣の柄頭を強打した。  か、こーんと小気味良い音が響く。  いかなる金属よりも頑丈で鋭い剣は、それ自身が鋭いくさびとなって大岩を砕き、地面に転がり落ちた。  おお。  観衆はざわめき、他の挑戦者たちは呆然とする。 「これでよいのか」 『とんでもない』  若者がさもつまらなさそうに呟けば、剣はむくりと持ち上がり、聖霊の力によって砕けた大岩を鋼の塊に変えて、そこに刃を突き立てた。 『もう一度、もう一度です』  こんなやり方は認められないと聖霊が抗議すれば、若者は、ふむと短く唸った。  若者が退くのと入れ替わるように、他の挑戦者たちが剣を引き抜きあるいは押し切ろうとハンマーで剣を何度も叩く。  しかしながら今度は鋼の塊である。  どれほど引こうが押そうが剣は微動だにせず、再度若者の順番がやってきた。 『道具を使ってはいけません』  警戒してか、聖霊は若者をけん制する。 『貴公のもてる力で剣を解き放ちなさい』  いくらなんでも無理難題だと、聖霊の言葉に皆が呆れる。  だが若者は馬鹿正直にも何も持たずに剣の傍らに立ち、鍔元で小さくなにかを囁いた。  その直後。  聖なる剣を突き立てた巨大な鋼の塊は、乾いた音と共に砕けてしまった。何が起こったのか理解できぬ観衆は目を丸くし、理解できた聖霊は絶句した。地面に転がった剣を若者はそれを拾い上げることもなく背を向ける。 「持って行かないのか」  観衆の一人が、若者を呼び止めた。若者は小さく肩をすくめ 「むっつり助平に命を預ける気にはなれませんよ」  と、勃起し刀身を怒張させる剣を一瞥し、若者はその場を去った。  これが鎮公と呼ばれる剣の由来である。