『鯖姫と羊ねえさん』  あるとき羊飼いの子の子であるフェリスが草原を歩いていると、水溜りの中で一尾の鯖っぽい娘さんが跳ねていた。 『おねがいです、そこの方。どうか私を助けてくださいな』  塩の足りない泥水の中でもがきながら、鯖はフェリスに訴える。  はて、鯖がどうしてこの草原に。  海に近しいとはいえ、この草原は潮風も届かぬ丘の麓である。高波や嵐が水ごと巻き上げたとしても、到底この地にはたどり着かぬ。フェリスは考えるだけ考えて、こう尋ねた。 「どうやって助ければいいの?」 『塩水をください』  しばしの間。  じょばばばばばばばばば。 『あ、ふあああああっ! かかってる、全身に塩辛くて生暖かいのがいっぱいいっぱいかかってるのぉっ!』 『でいっ』  お小水を全身に浴びて悶える鯖を、草原をかきわけて現れた羊の娘さんが蹴り飛ばす。恍惚の笑みを浮かべたまま空の彼方に吹き飛ぶ鯖を眺め、羊の娘さんは泥と小水にまみれた己の足をフェリス少年に差し出した。 『洗ってよ、フェリス』 「えー」 『あんた羊飼いの孫なんだから、あたしの世話を一生するんだからね。大体毎年のようにあたしの毛を剥いて素っ裸にさせてるんだから、それくらいの責任取りなさいよっ』  ソレとコレとは話が違うと文句を言うフェリスを無視し、羊の娘さんはその首根っこを捕まえて楽しそうに近くの小川に飛び込んだ。