『聖なる夜の話』  ある寒い冬のことです。  珍しくも雪の降る公園のブランコに、小さな女の子が腰掛けていました。  お気に入りの花柄タイツは、転んでしまったのか雪と泥で汚れています。パーカーとマフラーのあちこちにも、雪と泥と、それから生クリームの汚れがべったりと。  ひざの上には、ぺしゃんこになった大きなケーキの箱。  女の子は震えていました。  泥で靴を滑らせて転んだこと、  ひざとおなかを強く打って痛いこと、  大好きなママがプレゼントしてくれたマフラーとパーカーを汚してしまったこと、  遠い遠いところで働いてきたパパのためにお小遣いをためて買ってきたケーキが台無しになってしまったこと、  寒いこと、  ひもじいこと、  降り始めた雪が綺麗だけど灰色の雲が街とすべてを押しつぶしてしまいそうで怖いこと、  女の子は街の中で誰よりも寂しい思いに苦しんでいるのに、心の中は大好きなパパとママへの『ごめんなさい』という気持ちでいっぱいでした。もう何時間そうしていたのでしょうか、女の子の頭や肩には雪が積もっています。手も足も寒くて冷たくて痛いのに、女の子は動くこともできません。哀しくて切なくて、このまま消えてしまいたい、でも家族に会いたいという気持ちばかり強くなっています。家は暖かくて、パパとママとお兄ちゃんたちが女の子の帰りを待っているはずです。でも、もう女の子は戻れないと考えているのです。  ぼろぼろと、玉のような涙の粒が女の子の頬を滑り落ちていきます。  その時でした。 「こんばんわ」  いつの間にか女の子の前に、お姉さんが立っていました。浴衣にコートを羽織った奇妙な出で立ちで、あわてて探してきたのか大きな三角帽子を目深にかぶって、耳も髪もすっかり隠れています。とってもヘンテコな姿でしたがお姉さんは構わず、女の子の手を優しく握ります。 「こんなに寒くなるまで、よく頑張ったね」  お姉さんは女の子をぎうと抱き締めます。凍えそうな女の子の身体が、雪降るこの夜の寒さが嘘のようにあたたかくなります。女の子は驚きますが、頑張ったねと優しく声をかけられて、ついに泣き出してしまいました。  女の子の事情を聞いて、お姉さんはほんの少しだけ悲しそうな顔になります。 「世界中のお菓子はね、見るひと食べるひとがみんな幸せになりますようにって願いが込められて作られているの」  ぺしゃんこになったケーキを眺めながら、お姉さんは呟きます。  でも、このケーキは貴女を幸せにすることができず、それどころかひどく悲しませてしまったね。  お姉さんは、しばらく何かを考えてから、ぺしゃんこになった可哀想なケーキに手を伸ばします。 「旦那には、あんまり人前では使うなって言われてるんだけど」  ぱちんと指を鳴らす、お姉さん。  すると、どうでしょう。ぐしゃぐしゃになっていたケーキと箱が、いつの間にか元通りになっていたではありませんか。不思議な出来事に驚くことよりもケーキが元の姿を取り戻したことに、女の子は感激します。 「さあ、今度は転ばないように気をつけるのよ」 「うん!」  先ほどまでの泣きべそなど嘘のように、女の子は笑顔で頷くと何度もお姉さんに手を振ってから公園を出て行きました。      女の子が公園から消えて程なくして、お姉さんはバツの悪そうな顔で溜息をつくとこう言いました。 「約束を破ったのは、事実よ。御免なさい……でも、放っておけなかったの。あの子も、ケーキも泣いていたから」  今までかぶっていた帽子を脱ぐと、綺麗な若草色の長い髪と、少し尖った長い耳が現れます。 「罰はあたしが受けるから、あの子の夢と想いだけは壊さないで。お願いよ」 「今日はクリスマスだからね」  お姉さんの後ろに、若者が立っていました。 「三角帽子をかぶったサンタクロースがプレゼント配ったところで、誰が咎めるもんか」  その言葉にお姉さんは、女の子に負けないくらい嬉しそうな顔で若者に抱きつきます。 「さすが旦那、愛してる」  なんて調子のいい。  俺と君はさっきまで、どうしようもないことで喧嘩してたじゃないか。若者がそう呟くと、お姉さんは、 「いいのよ。だって今日はクリスマスなんだから」  と、にっこり微笑んで、若者の手を引っ張ってやはり公園を出て行きました。  しんしんと雪の降り積もる、聖なる夜のことでした。