『虎といういきもの』  あるとき、ひとりの家臣が遠い地より一頭の年老いた虎を王様の前に連れてきた。 「これは虎というおそるべき獣にございます」  やせ衰えよぼよぼの虎を指差し、家臣は偉そうに胸を張った。しかし虎は、あるべき黄縞の毛が抜け落ち牙も折れ、何も食べていないので今にも死んでしまいそうだと嘆いた。  家臣は困り、羊飼いを一人招いて命じた。 「このままでは虎は飢え死にしてしまい、見世物にもならん。おまえの持っている羊を与えてやれ」  ところが羊飼いは首を振り、こう返した。 「おそれながら大臣様、あなたは虎という生き物を本当に御存知か。ひとたび餌の匂いを嗅ぎつけるや千里先にもとんで行き、地を駆けるものことごとくが消え失せるまで喰い尽くす獣にございますよ」  だが、死なせては王様への貢物にもならないと家臣は嘆く。  仕方ないので羊飼いは王様から絵の具と筆を借り、壁の一つに画を描いた。広い広い草原と、無数の羊の絵だ。今にも動き出しそうなそれらの絵を見て虎は立ち上がり、羊飼いが描いた画の中に飛び込んだ。  画の草原で、絵になった虎が羊を次々とのみこんでいく。あれほど痩せていた身体はたくましくなり、抜けていた毛皮や牙もすっかり元通りになった。今や無数にいた羊は一匹残らず虎の胃袋に消えてしまった。 「おお、あれが虎という生き物か」  王様と家臣は驚きつつも満足そうに虎を眺めて手を叩く。  すると虎は画の中でにたりと笑った。 『この草原の羊にも飽きた、今度はお前たちを食べてやろう』  言うや虎は画より飛び出し、王様と家臣を飲み込んでしまおうとした。  ところが絵の具が乾いた虎は壁より出てくることはできず、そのまま動かなくなった。羊飼いは壁に額縁を打ち込んでこれを飾り、王様は家臣を画の中に放り込むと羊飼いに褒美を与えたという。以来、この城では雨が降ると虎が現れ人を画の中に引き込むと噂されている。