『彫像になった男』  ある町に冶金師の若者がいた。  腕はそこそこあるが女に滅法弱く、稼いだ銭のほとんどを詐欺師のような花売りの娘に奪われていた。花売り娘は世に一つしかない薬草だと河原の花を摘んでは冶金師に売りつけ、若者はそれを娘の言い値で買い取った。家を一つ建てられるほどの銭を貢いだ頃、花売り娘は遠い街に旅立った。  いつか町に戻ったら、あなたの妻になってもいい。  酒に酔い上機嫌だった花売り娘は冶金師と約束を交わし、遠い街に消えた。  一年が過ぎた。  花売り娘が遠い街で領主の息子に見初められ結婚したとの噂が届いた。町の人々は冶金師を慰めた、あんな女は忘れてしまえと。冶金師は彼らの言葉を無視し、花売り娘を待った。  五年が過ぎた。  町に野盗が現れて多くの人が怪我をした。冶金師は両脚を失い、銅を叩いて脚を作った。  十年が過ぎた。  恐ろしい病が町に蔓延し、多くの人が苦しみながら死んだ。冶金師は身体の中がドロドロに溶けたので、のどにふいごを差し、胃に歯車と発条を詰め、花売り娘を待った。  二十年が過ぎた。  小さな戦争が数度起こり、町は戦火に焼かれた。多くの人々が親兄弟を失い、町を捨てた。冶金師は目と耳と鼻を失ったので、手探りで硝子とねじを顔に埋め込んだ。誰もいない町で、花売り娘の帰還を望んだ。  五十年が過ぎた。  かつて町だった地は小さな森になっていた。群がる地蟲や野鼠が残る肉骨をかじるので、冶金師は全てを銅で埋めた。そうして冶金師は、自分が誰を待っているのかを忘れた。忘れたまま、ただただ待ち続けた。  それからどれだけの月日が流れたのか。  ひとりの若者が、深い深い森の奥を訪れた。  そこには緑青で覆われた銅の彫像があった。身体の半分を苔が覆い、彫像はかつて自分が人間だったことさえ覚えてはいなかった。  若者は言った。 「君が求めている真実の幾つかを、ぼくは知っている」  彫像は、ぎ、ぎぎ、ときしむ首を横に動かした。 「そう」  若者はその答えに満足したのか、古ぼけた小さな髪飾りを彫像の手に乗せた。それは冶金師が花売り娘に持たせた、金の髪留めだった。  おおお、おおおおお。  彫像は啼いた。  浮いた緑青がかさぶたのように剥がれるのも構わず、ねじ止めの顎を開いてふいごを膨らませて啼いた。いつまでもいつまでも、若者が森から去った後も啼いた。  やがてふいごが破れて泣き声が止まると、森は以前の静けさを取り戻した。