『ブルマー男爵』  その昔、紅の国に勇敢かつ野心的な青年貴族がいた。  名をブルマー男爵。  百合の紋章を刻んだ細身剣を駆使し、十三名の野盗と一度に切り結びこれを倒した武勲誉れ高き青年貴族。  名をブルマー男爵。  赤海亀の甲羅を削り天蚕の糸を張った竪琴を持ち、英雄たちを褒め称えるべく歌い続けた優美なる青年貴族。  名をブルマー男爵。  山海の珍味に通じ、宮廷料理に七百ものレシピを加えた類稀なる美食家の青年貴族。  名をブルマー男爵。  古の墳墓を護る魔物を相手に三日三晩謎掛けを続け遂に屈服させた深遠なる智を持つ青年貴族。  名をブルマー男爵。  異国の使者を暗殺すべく用意された毒杯を自ら乾し、自国と異国の絆を護った豪胆なる青年貴族。  名をブルマー男爵。  古の妖精たちの言葉で『光り輝き天地を照らすもの』という意味をその名に持つ青年貴族。  名をブルマー男爵。  人々はブルマーを讃え、その名を連呼した。  ブルマー。  ブルマー。  ブルマー。  戯曲も沢山作られた。  【ブルマー千人切り】  【ブルマーの海で死す】  【初めての夜をブルマーで】  【ブルマー商人と男爵〜舞踏会はブルマーで】  【ブルマー男爵はブルマー式紅茶がお好き】  いずれも今なお繰り返し上演される傑作である。  特に碧国子爵令嬢との悲恋でありブルマー男爵の最期を描いた【花嫁とブルマーと短剣】は現在でもセップ島三大悲劇のひとつとして挙げられる物語だ。 『死んでも死にきれんわ!』 「てい」  質素でありながら美しくまとめられた墳墓の玄室。  亡者と化して暴れ出したブルマー男爵を、盗賊娘エリザベスは踏んで踏んで踏んで踏んで、乾ききった肉と骨が粉末となり石畳の上に積もった埃と混じりあうまで延々と踏み続けたという。めでたしめでたし。