『されこうべ』  道の上に、髑髏が転がっていた。  肉皮も既に土へと還り、骨となって幾年月を過ごした髑髏である。もはや這いずる虫もなく、誰が磨いたのか黄ばんだ骨は艶を帯び、風が吹けばカラカラと音が鳴る。  その髑髏は亡者の類である。  生ける者の血をすすり肉を喰らい魂を汚せば死霊として力を得ることも出来るだろうに、何もかも面倒くさくなってしまった髑髏はただ道の上を転がり、骨の一片までもが土に還る日を待っているのだ。  誰かに害をなすこともない。なそうとも思わない。頭骨だけとなった己の身で一体なにが出来るのだろうかと、髑髏は笑う。だから髑髏は風を通して鳴る自らの音色を楽しみ、自らを洗う雨粒を一つ一つ数えて時を過ごす。それが自分には似合いの暮らしではないかと思いながら。  その日も髑髏は道の上で転がっていた。  陽の光を浴びながら、骨片温まって心地良いものだと考えた。しかしながら亡者というものは、ただひたすらに陽の力を忌み嫌うのではないかと疑問を抱くが、満足な答えは思い浮かばない。たとえ納得いく回答に思い至ったところで髑髏の身に何かが起こるわけではないが、これは良い暇つぶしを得たのかもしれないと思索に耽る。  飢えも渇きもしない、眠ることさえ必要としない身ゆえに色々のことを考える。無駄だと解り切っていても髑髏は考え続け、少しずつ真理に近づいた。  即ち生者と死者の真理を。  今までいかなる賢者も思い至らなかった極みを。  髑髏は理解した。  まるでそれが与えられた運命であるかのように、造物主が隠匿せし世界の秘密を垣間見た髑髏は歓喜に打ち震え          次の瞬間、突如振り下ろされた革長靴に踏み砕かれた。  骨片は宙に飛び散るうちに細かく砕け、粉となり、塵となった。ふた呼吸、わずかその間に髑髏は長い間思い願っていた最期を迎えたのである。 「どうしたの、シュゼッタ?」 「なんでもないわよ」  やや離れた道の上より、剣士と思しき少年が声をかける。革長靴の主たる妖精の女は二度三度と、固められた道の土を踏み擦り、その後になんでもないように素っ気なく返事すると少年の後を追い歩き出す。  その日の夕刻。  少しばかりの雨が降り、全ては土に還ったという。