『天使と悪魔』  あるとき樵の若者が森を歩いていると、天の御使いと地獄の使いっ走りが並んで立っていた。  悪魔は足元に生えた毒々しい色のキノコを指差し、樵にこう言った。 『よう、兄ちゃん。こいつは見た目は悪いけど最高に美味いキノコだぜ、食べたら寿命が百年は確実に延びるんだ』  ほう、と感心する樵。天使は慌てて手を振った。 『悪魔の言葉に耳を貸してはいけません、人の子よ。このキノコは見た目の通りに毒そのもので、食せばそなたは魂までも滅びてしまうでしょう』  ふむふむと頷いた樵は毒々しい色のキノコを引き抜くと、その傘をちぎって悪魔の口に押し込んだ。悪魔が慌ててキノコを吐き出したので、樵はキノコを腰の籐篭に放り込んで森を進んだ。    しばらく森を歩くと、またもや天使と悪魔が並んで立っていた。  天使は足元の岩に刺さった光り輝く剣を指差し、樵にこう言った。 『賢き人の子よ。神の声に耳を傾けるお前には、この伝説の剣を引き抜いて邪悪と戦う資格がある』  へえ、と感心する樵。悪魔は剣をちらと見て毒づいた。 『何が伝説の剣だ、綺麗なだけのナマクラじゃねえか』  ふむふむと頷いた樵は腰の手斧を引き抜くと、光り輝く剣の刀身に思い切り強く打ち付けた。光り輝く剣はあっさりと二つに折れ、樵は折れた剣を腰の籐篭に放り込んで森を進んだ。  さらに森を歩くと、やはり天使と悪魔が並んで立っていた。  悪魔は落ち葉の隙間からぴかぴか光を発する石を指差し、樵にこう言った。 『よう、兄ちゃん。落ち葉を掻き分けてみろよ、すんげえ宝石が埋まっているぜ』  ふう、と息を吐き感心する樵。天使は血相を変えてこう言った。 『いけません人の子よ。その宝石を握る人骨が見えないのですか』  ふむふむと頷いた樵は落ち葉を掻き分けて、ものすごい宝石とこれを掴む人骨の手を見つけた。樵は人骨に祈りを捧げると布で包み、宝石と一緒に腰の籐篭に放り込んで森を進んだ。  森の出口に、天使と悪魔が並んで立っていた。  天使は森のすぐ外に立つ若い男女を指差して、こう言った。 『聡明なる人の子よ。森の外に立つ男女は、お前にとって災いである。逃げるが良い』  はあ、と感心する樵。悪魔は頭をかいてこう言った。 『今度ばかりは天使の言うとおりだ。引き返したほうがいいぜ、兄ちゃん』  ふむふむと頷いた樵だが、彼はこう言った。 「あの男は俺の弟で、女は俺の妻だ。二人が俺の命を奪うはずがない」  樵は妻に贈ろうと宝石を握り締め、森を抜けた。  樵を見つけた男女は駆けつけて、隠し持っていた棍棒で樵の頭をかち割った。樵の弟たる男は服と荷物を奪って樵になりすまし、樵の妻たる女はそ知らぬ顔で男を自分の夫と呼んだ。  天使と悪魔は揃って肩を落とし、樵の亡骸から魂を抜き取ると仲良く半分に分けて立ち去った。